【英語の教え方】なぜ「教え方」なのか?

目次

生徒の「分からない」は先生のせい、教え下手を反省すべき

こんにちは。国際ビジネスコンサルタントのこじたむです。

私は職業柄、人にものを伝えたり、教える機会がとても多く、日々苦労しています。

事実を調査したり、分析したりしたりして、その結果を伝え、クライアントが進むべき道筋を示すわけですが、調査内容が広範囲にわたったり、分析結果が複雑になりがちですから、それをいかにシンプルに、端的に伝えて、クライアントにまず理解して頂けるか?を常に考えています。

少しでも論理的でなかったり、不明瞭な部分があると「何を言っていのか分かりませんねー」と即座に怒られますし、場合によっては大きなクレームに発展するなんてこともあります。

ですから、いかに上手く説明し、相手に分かって頂くか、それが非常に重要になります。

まともなコンサルティング会社であれば、このスキルに関しては日々厳しく指導されます。

私は、今では若手コンサルタントの作成する資料だったり発表だったりをレビューし添削することが多くなっていますが、まあ何をいっているのか分らないことが少なくありません。笑

若手とは言え、日々厳しく指導されているプロでさえこうなのですから、そうでない人達はなおさらです。

一般の組織では「資料の書き方」だとか「説明の仕方」などに価値を置いていないのが普通ですから、別に悪いことではありません。

例えばメーカーであれば作る製品の良し悪しが重要なわけですし、食品会社であればおいしくて安い食べ物を提供することが重要なわけです。

従って、教え方、伝え方なんてものは二の次になるのも分かります。

先生は教え方が9割:教え方指導が抜けている

では「先生」はどうでしょうか?

教える科目に精通さえしていれば良いのでしょうか?

いえ、そんなことはありません。

教える科目に精通していることは大前提です。その上でどう生徒に分かるように教えられるか?が非常に重要なはずです。

知っている人が知らない人に教えるのが先生の役割なのですが、もはや「教え方が9割」といっても過言ではない程、超重要マターなはずです。

ところが実際はどうでしょうか。

準備された教科書に頼りすぎていて、どう説明すれば理解してもらえるか?といった「基礎的な伝え方の指導」がごっそり抜けている気がします。

ある人は無関係な面白話をしてみたり、熱血漢よろしく大声で怒鳴って授業をしたり、ダジャレを言ってみたり、趣向を凝らしてみたり興味を引こうとしたり・・・。

何とか生徒の気を引こうとする努力は認めますがこれらは本質ではありません。

勉強を教える先生の役割は、生徒にとって未知で複雑で広範にわたる教科を分かりやすく伝え、理解してもらうことです。それが一丁目一番地、先生の大きな役割です。

ですから、大声とかダジャレとか面白い気を引く話などは本質ではありません。

相手にとって未知の概念をどのように理解されるように教えていくか、伝え方に関する基本的なスキルが非常に重要なのです。

「教え下手」による被害事例

例えば、私の6歳の娘に今そろばんを習わせていますが、コロナの影響でリモート授業に参加しています。

私は、家からリモートで参加する娘の隣に座って娘の補佐をしていますので、先生がそろばんを教える姿を間近に見ることができるわけです。

先生は明るくて一生懸命で、人としては私も娘も大好きなのですが、いかんせん、教えるのが下手なのです。

さらっと説明すれば済むのにダラダラと説明をしたり、1歩先で迷っている娘に対して1歩手前のステップまで戻して説明を始めてしまったり、手前のそろばんに集中して頭で手順を整理しようとしている娘に対して「ちょっとこっち見てー!先生のそろばん見てー!」と整理中の思考を止めて意識を外してしまったりするわけです。

他の子供も参加しているので、その様子も分かるのですが、なんどやっても答えが合わない生徒に対して「もう一度やってみよう!○○ちゃんなら絶対できるよ!」と励ましの言葉しかかけなかったり。「いやいや、最初からステップバイステップで確認していきながら、間違えポイントをまず特定することが第一だろ!」とか思わず突っ込みたくなります。

「わからなーい!」と何度も投げ出しそうになった娘がなんとかそろばんを続けられるのは、正直私がそばで娘の理解を助けているからだと思います。

私のいない教室でこれをやられていたら、と思うと恐ろしくなってきます。今頃、そろばん嫌い、算数嫌いになっていたでしょう。つまりこの先生は、一生懸命教える自分に満足してしまっていてと教わる側の立場に立っていないのです。

私が高校の時の数学の先生などは最悪で、生徒が理解できないと、大声でキレたり明らかにイライラした感情を表に出していました。

ずっと数学はまあまあ得意な方でしたが、先生が変わった高校2年の時から急に授業で理解できなくなりました。高校2年生の数学のレベルが一気に上がったこともあるかも知れませんが、正直、その先生は教え下手だったと思います。急にわからなくなったという生徒が他にも何人もいましたから。

自分の教え下手を棚に上げて、キレる、なんてなんともけしからんことだと思います。

大人になった今ならクレームもんですが、当時うぶな高校生の私は「理解できない自分のせいだ、自分の頭が悪いんだ」と考えてしまっていたわけです。

そして高校2年生で私は数学から脱落してしまったのです。

コンサルティングのテクニックを使えないか?と考えました

娘のそろばんで強く感じたのですが、「教え下手な先生」についてしまったために理解できなくなり挫折してしまう、昔の私のような犠牲者を出してはいけない、と考えました。

娘のそろばんのように、ちょっとした教え方のテクニックで理解が進みますし、挫折を乗り越えることができる場合がかなり多くあると思います。

今では「この人説明が下手だなー」と感じる場面が非常に多くなり、嫌でも説明下手のあらが見えてしまうのですが、それは私がコンサルティングの現場で培ってきた伝え方のスキルを身につけてきたからだと思います。

いわゆるロジカルシンキングといわれる思考方法・説明方法を基礎とした伝え方のスキルを、私が長年にわたり苦労して習得してきた「英語」の教え方にあてはめたら、かなり生徒の理解が進むのではないだろうか?と考えたのです。

英語が得意な人を増やすには、教える側を変えちゃえ、というわけです。

英語を題材にしますが、ここでは、多くの教科に当てはまる「教え方」を研究します。

コンサルティングのスキルを応用したらこうなるという「英語の教え方」を、通常はコンサルティングなんかに縁遠い「先生」に伝授することを前提に、勝手に体系化してきいきたいと思います。笑

「教え下手」の大人せいで、英語が嫌いになる子供が一人でも減りますように。

よかったらシェアしてね!
  • URL Copied!
目次
閉じる